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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)2815号 判決 1987年4月20日

本訴原告兼反訴被告 亡小谷野英幸承継人 小谷野菊枝

<ほか四名>

以上五名訴訟代理人弁護士 高木壯八郎

同 高見澤昭治

同 齋藤雅弘

本訴被告兼反訴原告 高橋あい

右訴訟代理人弁護士 青柳盛雄

同 竹沢哲夫

同 小林幹治

主文

一  本訴原告らの本訴請求をいずれも棄却する。

二  反訴被告らは、反訴原告に対し、別紙物件目録(1)ないし(6)記載の各土地につき、東京法務局調布出張所昭和三九年一一月二五日受付第三三六一四号根抵当権設定登記及び同出張所同年同月二七日受付第三三八二四号停止条件付所有権移転仮登記の各抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告ら兼反訴被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告は、原告らに対し、別紙物件目録(1)ないし(6)記載の各土地につき、原告らが福本健治との間で東京法務局調布出張所昭和三九年一一月二七日受付第三三八二四号停止条件付所有権移転仮登記に基づき停止条件の成就を原因とする本登記手続きをすることを承諾せよ。

2 被告は、原告らに対し、原告らが別紙物件目録記載(1)ないし(6)の各土地につき、東京法務局調布出張所昭和三九年一一月二七日受付第三三八二四号停止条件付所有権移転仮登記に基づく本登記を経由したときは、原告らに対し、同各土地を明け渡せ。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 主文第一項と同旨

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 主文第二項と同旨

2 訴訟費用は反訴被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 反訴原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 福本に対する本件各土地の売渡し

別紙物件目録(1)ないし(6)記載の各土地(その形状は別紙図面二のとおり。以下それぞれ「(1)土地」ないし「(6)土地」といい、以上をあわせて「本件各土地」という。)は、もと東京都の所有地であったが、福本健治(以下「福本」という。)が、昭和三九年一月三一日頃、自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)一六条に基づき、国から売渡しを受け、昭和三九年一月三一日、その所有権保存登記を経由した。

2 福本・英幸間の売買契約の締結

福本は、承継前原告小谷野英幸(以下「英幸」という。)に対し、昭和三九年一一月二五日、本件各土地(当時、現況農地)を、次の約定で売り渡した(以下「甲売買契約」という。)。

(一) 目的 宅地転用目的

(二) 代金 二九〇〇万円

(1) 契約同日、代金のうち一六〇〇万円については、英幸が福本に対し昭和三九年一〇月初めに貸し渡した五〇〇万円及びその後同年一一月二五日までの間に数回にわたり貸し渡した金員一一〇〇万円の合計一六〇〇万円の貸付金債権(弁済期はいずれも同年一一月末頃)と対当額で相殺する。

(2) 契約同日、内金五〇〇万円を支払う。

(3) 昭和三九年一二月七日、内金四〇〇万円を支払う。

(4) 残代金四〇〇万円については、福本の滞納に係る国税四〇〇万円を、英幸が福本に代わり納付することとする。

(三) 停止条件 農地法五条所定の東京都知事の許可を得ることを停止条件とする。

英幸は、福本に対し、右約定に従い、契約同日に(二)(2)記載の内金五〇〇万円、昭和三九年一二月七日に(二)(3)記載の内金四〇〇万円を支払い、また、昭和四〇年一一月一九日までに(二)(4)記載の滞納に係る国税(実際には四二〇万円ないし四三〇万円であった。)を全額、福本に代わり納付した。

3 本件仮登記の経由

英幸は、甲売買契約に基づき、昭和三九年一一月二七日、東京法務局調布出張所昭和三九年一一月二七日受付第三三八二四号停止条件付所有権移転仮登記(以下「本件仮登記」という。)を経由した。

4 福本・英幸間の売買契約の効力発生

(一) 本件各土地は、昭和四五年一二月二六日、市街化区域に指定され、農業委員会への届出をもってその売買契約は効力を生ずるものとなったことにより、実質的に甲売買契約に基づく土地所有権移転の障害はなくなったから、昭和四五年一二月二六日、甲売買契約の停止条件は成就した。

(二) 本件各土地は、昭和四五年一二月二六日、市街化区域に指定され、かつ、福本は、本訴と併合して提起されその後分離された英幸の福本に対する訴訟の昭和五四年一二月二〇日午前一〇時指定の第一回口頭弁論期日において英幸に対し、農地法五条所定の届出手続きをなすことを認諾したので、右認諾により実質的に甲売買契約に基づく土地所有権移転の障害はなくなったから、右昭和五四年一二月二〇日、甲売買契約の停止条件は成就した。

(三) 仮に(一)、(二)が認められないとすれば、本件各土地は、昭和四〇年以降において、その現況が農地でなくなったから、甲売買契約は、その頃、完全に効力を生じた。

5 原告らの相続

英幸は、昭和五九年一〇月五日死亡し、原告らが同人の権利義務一切を相続した。

6 被告名義の登記の存在

被告は、本件各土地について、東京法務局調布出張所昭和四一年五月一六日受付第一四八〇四号仮処分登記及び同出張所昭和六一年四月二五日受付第一六三六六号所有権移転登記を経由している。

7 被告による本件各土地占有

被告は、本件各土地に植樹するなどして、本件各土地を占有している。

8 よって、原告らは、被告に対し、

(一) 仮登記に基づく本登記手続きをなすことの承諾

(二) 原告らが本件仮登記に基づく所有権移転登記を経由したことを条件とする所有権に基づく本件各土地の明渡し

をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実中、本件各土地がもと東京都の所有地であったこと、福本がその後自創法一六条に基づき売渡しを受け、昭和三九年一月三一日、その所有権保存登記を経由したことは認めるが、その余は否認する。本件各土地は、もと別紙図面一のイないしハの各土地(以下それぞれ「イ土地」ないし「ハ土地」といい、あわせて「旧土地」という。)のような形状及び範囲であって、福本が、昭和二二年一二月二二日にその売渡しを受けたものであるが、旧土地については登記がなされぬまま、昭和三九年一月末頃、その形状及び範囲が別紙図面二のとおりに区画整理され(本件各土地)、結局、直接本件各土地について右売渡しに基づく所有権保存登記がなされたものである。

2 同2の事実中、当時、本件各土地の現況が農地であったことは認め、その余は否認する。

3 同3の事実は認める。

4(一) 同(一)のうち、本件各土地が、昭和四五年一二月二六日、市街化区域に指定されたことは認めるが、原告らの主張は争う。

(二) 同(二)のうち、本件各土地が、昭和四五年一二月二六日、市街化区域に指定されたこと、福本が原告ら主張の口頭弁論期日において、農地法五条所定の届出手続きをなすことを認諾したことは認めるが、原告らの主張は争う。

(三) 同(三)のうち、本件各土地の現況が、原告らの主張する売買契約締結の後、農地でなくなったことは認めるが、右非農地化が昭和四〇年より後であるとする部分は否認する。

5 同5ないし7の事実は認める。

三  抗弁

1 将来の給付の訴えをなすべき必要性の欠缺

原告らの本訴各請求は、本件仮登記の本登記義務者である福本が農地法五条所定の届出手続きをなし、かつ、それが受理されたことを条件として、原告が本登記をなすことの承諾及び本件各土地の明渡しを被告に対して請求するいわゆる将来の給付の請求であるが、福本は、英幸の福本に対する訴訟において、英幸に対し、右届出手続きをなすことを認諾したから、もはや英幸及び原告らにおいて届出をなすについての法的障害はない。従って、本訴各請求は、将来の給付請求を許すべき必要(民事訴訟法二二六条)を欠き、失当である。

2 通謀虚偽表示

甲売買契約は、英幸及び福本が通謀のうえ、真実は売買契約締結の意思はないのに、被告が本件各土地に対する権利取得を対抗できぬようにするため、あたかもこれあるかの如く仮装した虚偽の意思表示に基づくものであるから、無効である。

3 信託法一一条違反

甲売買契約は、福本が、英幸をして本件各土地について被告に対する訴訟をなさしめることを主たる目的として本件各土地を譲渡したものであるから、信託法一一条に反し、公序良俗に違反して無効である。

4 信義則違反ないし権利濫用

次の各事情に照らせば、英幸及びその訴訟承継人である原告らが被告に対して本件仮登記の効力を主張して本登記の承諾請求をなすこと及び本件仮登記に基づく本登記をもって所有権を対抗することは、信義則に反し、権利の濫用であって許されない。

(一) 被告が本件各土地を取得するに至った経緯は次のとおりである。

(1) 福本に対する旧土地の売渡し

旧土地は、もと東京都が所有していたところ、福本が、昭和二二年一二月二二日、自創法一六条に基づき、国から売渡しを受けた。

(2) 福本・長五郎及び被告間の売買契約

ア 被告の夫であった亡高橋長五郎(以下「長五郎」という。)は、福本から、昭和二九年八月五日、イ土地(約九九一平方メートル)を、代金六〇万円で買い受け、その頃、福本に対して右代金を数回に分割して完済した。

イ 昭和二九年一二月二一日、長五郎はロ土地を、被告はハ土地を(ロ土地及びハ土地の合計約一九八三平方メートル)、それぞれ代金七〇万円で買い受けた。尤も、その後、長五郎、被告と福本の間で、昭和三二年三月二日、ロ土地及びハ土地の売買代金を合計一九二万円に増額改訂するとの合意がなされた(ア、イの売買契約をあわせて以下「乙売買契約」という。)。

(3) 被告の相続

昭和三四年五月三日、長五郎は死亡し、同人の妻である被告と同人の子四名が同人を相続したが、昭和四八年三月一九日の遺産分割協議により、被告が単独で本件各土地を取得した。

(4) 旧土地の区画整理

昭和三九年一月末頃、旧土地について区画整理がなされ、その形状及び範囲は、本件各土地のようになった。

(5) 福本・長五郎及び被告間の売買契約の効力の発生

本件各土地は、昭和四〇年頃、その現況が農地ではなくなり、これにより右売買契約は農地法の許可ないし届出なくして完全にその効力を生じるに至った。

(二) 長五郎及び被告が、乙売買契約締結後農地法所定の許可ないし届出手続きもせず、登記も経由しなかった所以は、前記売渡し後、売渡し土地の範囲が未確定で、昭和三九年の区画整理の完了まで一〇数年前、所有権保存登記もできない状態にあったためである。そして、右売渡し手続きの関係上、区画整理の完了後、本件各土地について、一旦、右売渡しの相手方である福本に対して自創法一六条に基づく売渡しを原因とする所有権保存登記がなされることとなったので、福本は、被告に対し、右所有権保存登記経由したときは遅滞なく農地法三条所定の届出手続きをなし、本件各土地について所有権移転登記手続きをなすべき義務を負った。しかるに、福本は、右所有権保存登記を具備するや、被告に対し、その登記済証を交付したのみで、その余の義務を果たさぬうち、望外の利益を追及しようとして英幸に対してこれを売り渡したものである。

(三) 英幸は、本件売買契約締結の当時、本件各土地がすでに福本から被告及び長五郎に売り渡され、被告がこれを占有し、本件各土地の登記済証をも被告がこれを所持するものであることを知りながら、未だ被告に対して所有権移転登記がなされていないのを奇貨として、被告がその所有権取得を対抗できないようになすべく、あえて福本から本件各土地を買い受け、同人と通謀して真実は支払われたことのない高額な代金が支払われたように装い、また、不動産登記法(以下「不登法」という。)四四条の規定に違反して、本件各土地の登記済証が滅失したごとくに装って、同条所定の保証書により本件各土地について東京法務局調布出張所昭和三九年一一月二五日受付第三三六一四号根抵当権設定登記(以下「本件根抵当権設定登記」という。)を経由し、さらに、引き続き、本件仮登記を了した。

本件各土地は、すでに昭和二七年、都市計画法に基づき、東京都を施行者とする東京都市計画公園事業の事業計画の事業地として指定されており、本件売買契約締結の当時においても、本件各土地がいずれも東京都に収容されることは明らかであったものであり、英幸は右事実を知って、ことさら投機的利得を図るためないしは被告が右土地の買収による利益を受けることを妨害するために右売買契約を締結し、本件仮登記を経由したものである。

5 時効取得

(一) 昭和三〇年三月頃を起算点とする取得時効

(1) 昭和三〇年三月頃、長五郎はイ、ロ土地を、被告はハ土地の耕作を開始し、もって、旧土地の占有を開始した。

(2) 昭和三四年五月三日、長五郎は死亡し、その妻である被告及びその子らが同人を相続し、昭和四八年三月一九日、遺産分割協議により、被告が単独で本件土地についての権利義務を承継したものであるから、被告は、長五郎の死亡と同時に長五郎の占有を相続により承継した。

(3) 昭和三九年一月三一日頃、旧土地について区画整理がなされた。即ち、旧土地を含む一帯の土地については、昭和二二年になされた売渡しにおいて、もと道路であった部分まで誤って売り渡していた関係で、右売渡しを原因とする所有権保存登記をなすにあたっては、右道路を廃道とするかあるいは復活する必要があったため、右売渡しに関与した世田谷区農業委員会(売渡し当時は玉川地区農業委員会)の指示に従い、右一帯の土地の売渡しを受けていた者が協議のうえ、測量をなし、道路を復活し、右による減歩分を隣接地間で調整するなどして区画を整理し売渡し部分を確定する作業をすすめていた。その結果、昭和三九年一月三一日頃、イ、ロ土地については、一部その面積が減少して本件(1)ないし(5)土地に整理され、他方、従来金子博が占有耕作していた隣地から(6)土地を割り当てられ、同年一月三一日、本件各土地について、福本に対し直接、自創法一六条に基づく所有権保存登記がなされたものである。このように、売渡しを受けた者の協議によるものとはいえ、農地委員会の指示のもと、自創法による売渡しを原因とする所有権保存登記に先立ってなされた右区画整理の前の旧土地と区画整理後の本件各土地は、法律上、同一性を有するものというべきであって、取得時効との関係では、その占有は、土地改良法に基づく換地処分ないし交換分合の場合に準じて、その前後において通算されるべきものである。

(4)ア (1)の占有開始の際、長五郎及び被告は、旧土地が長五郎及び被告の所有に属することを信じ、かつ、そう信ずることについて過失はなかった。

イ 被告は、(1)の占有開始後一〇年間継続して本件各土地を占有してきたものであるから、昭和四〇年三月頃、本件各土地の所有権を時効により取得した。

(5) 仮に、(4)アが認められないとしても、被告は、(1)の占有開始後二〇年間継続して本件各土地を占有したものであるから、昭和五〇年三月頃、本件各土地の所有権を時効により取得した。

(6) 被告は、本訴において、右各時効を援用する。

(二) 昭和三九年二月一日を起算点とする取得時効(本件土地(6)についての仮定抗弁)

(1) 被告は、本件土地(6)を、昭和三九年一月三一日、(一)(3)の区画整理により取得した直後から、これに植樹をするなどして占有を開始した。

(2) 被告は、右(1)の当時、本件土地(6)が被告の所有に属することを信じ、かつ、そう信ずることについて過失がなかった。

(3) 被告は、右(1)の占有開始後一〇年間継続して本件土地(6)を占有したものであるから、昭和四九年一月三一日の経過をもって、本件各土地の所有権を時効により取得した。

(4) 被告は、本訴において、右時効を援用する。

(三) 昭和三九年一一月一八日を起算点とする取得時効(再抗弁7の認められる場合の仮定抗弁)

(1) 被告は、英幸が本件仮登記を経由した昭和三九年一一月一七日を経過した時点において、本件各土地を占有していた。

(2) 被告は、右(1)の当時、右土地部分が被告の所有に属することを信じ、かつ、そう信ずることについて過失がなかった。

(3) 被告は、右(1)の時点から一〇年間継続して本件各土地を占有したものであるから、昭和四九年一一月一七日の経過をもって、本件各土地の所有権を時効により取得した。

(4) 被告は、本訴において、右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1のうち、福本が被告主張の口頭弁論期日において、被告に対し、届出手続きをなすことを認諾したことは認め、その余は否認ないし争う。本訴請求のうち、仮登記に基づく本登記手続きの承諾請求は、現在の給付を求めるものであるし、土地明渡し請求は、本登記の経由を条件とする請求であって、いずれも被告主張のような届出の受理されることを条件とする請求ではない。

2 同2の事実は否認する。

3 同3の事実は否認する。

4(一) 同4(一)(1)の事実中、旧土地はもと東京都が所有していたことは認め、その余は否認する。福本は、昭和三九年一月三一日頃に確定的に売渡しを受けたものであり、それ以前は売渡し予定者であったにすぎず、本件各土地の所有者ではなかった。同4(一)(2)の事実は否認する。福本は、長五郎からの借金の返済等にあてるため、長五郎の勧めで、本件不動産を第三者に売却することを考え、同人に対し、その売買の仲介を依頼したことがあるにすぎない。同4(一)(3)の事実は知らない。同4(一)(4)の事実は認める。同4(一)(5)の事実は否認する。

(二) 同4(二)の事実は否認する。同4(三)の事実中、英幸が不登法四四条所定の保証書により本件根抵当権設定登記を経由したことは認め、本件各土地が東京都市計画公園事業の事業地として指定されていたことは知らず、その余は否認する。

5(一) 同5(一)(1)の事実は否認し、同(2)の事実は知らない。同5(一)(3)のうち、旧土地について、付近一帯の者の協議のうえ、区画整理がなされ、旧土地がその面積を縮小して本件土地(1)ないし(5)となり、さらに、隣地から(6)土地を割り当てられたものであること、本件各土地につき、昭和三九年一月三一日、自創法一六条に基づく所有権保存登記がなされたものであることは認め、昭和二二年に売渡しがなされたことは否認し、その余の事実は知らず、主張は争う。同5(一)(4)ア、イ及び5(一)(5)の事実は否認する。旧土地については、被告が何らかの事実上の支配を及ぼしていたとしても、その範囲及び態様は不明確ないし不特定であるから、これをもって、取得時効の要件たる占有ありとはいうことができない。

(二) 同5(二)(1)ないし(3)の事実は否認する。

(三) 同5(三)(1)ないし(3)の事実は否認する。

五  再抗弁

1 時機に遅れた攻撃防御方法(抗弁5に対し)

抗弁5は時機に遅れた攻撃防御方法であるから、却下されるべきである。

2 占有の喪失(抗弁5(一)、(二)に対し)

(一) (抗弁5(一)に対し)

被告は、昭和三七年頃から、肋膜炎に罹患し、三年余にわたり旧土地の手入れもしなかったものであるから、この間において、占有の中止があった。

(二) (抗弁5(一)、(二)に対し)

旧土地は、昭和三九年一月三一日に本件各土地について、関係者の任意の協議により区画整理がなされ、本件各土地のような形状、範囲になったものであるから、旧土地の占有は、右区画整理によって中断した。

3 他主占有

(一) (抗弁5に対し)

被告が抗弁5(一)ないし(三)で主張する占有開始時は昭和三〇年三月頃から昭和三九年一一月末頃までにわたるところ、右期間中、旧土地ないし本件各土地の現況は農地であり、しかも、前記乙売買契約について農地法所定の知事の許可はなかったのであるから、各主張の占有開始時における被告ないし長五郎の占有は、客観的、外形的にみて、所有の意思によらない占有である。特に、被告及び長五郎は、乙売買契約当時から右農地法上の制限を熟知していたものであるから、なおさらである。

(二) (抗弁5(一)に対し)

また、福本は、昭和三九年一月三一日に確定的に本件各土地の売渡しを受けたものであって、それ以前の旧土地については、確定的にこれを取得していたわけではないから、被告及び長五郎は、いわば他人所有土地を占有していたものにすぎないから、その旧土地の占有は他主占有である。

4 平穏・公然性の欠如(抗弁5に対し)

(一) 長五郎及び旧土地についての占有は、当初は、杭、柵等がなく、その範囲も明確ではなかったうえ、昭和三七年頃からは果たして何人が管理、支配しているのかも明確ではなかったものであって、公然性を欠いていた。

(二) 被告は、昭和四〇年一二月、英幸及び福本が、本件各土地について、管理、支配を確実にすべくコンクリート製の杭を設置し、有刺鉄線を巡らせて囲いを作った際、実力でこれを撤去したものであるから、被告の右占有は平穏性を欠くものであったというべきである。

5 時効完成後の登記(抗弁5に対し)

原告らは、被告に対し、本件仮登記に基づく本登記承諾請求をなしているものであるから、後に本登記を経由したときに、被告主張の時効完成後に登記を具備した第三者となるものである。従って、原告らは、被告のいずれの取得時効の抗弁によっても、被告は、右本登記に優先する登記の具備なくしては右時効取得を対抗できないものである。

6 仮登記による時効中断(抗弁5に対し)

仮に5が認められないとしても、時効完成前に取得時効の対象たるべき土地について仮登記を経由したときは、取得時効の進行は中断するものというべきである。

7 時効取得完成後の登記経由(抗弁5に対し)

仮に5、6が認められないとしても、時効完成前に停止条件付所有権移転仮登記を具備し、時効完成後に右停止条件が成就した仮登記権利者は、停止条件成就のとき(即ち所有権移転の効力発生のとき)に登記を具備した第三者となったものというべきであり、従って、これに対して時効取得の効力を対抗するためには、時効取得を援用する者において登記の具備を要するものというべきである。本件仮登記についていえば、停止条件の成就は、昭和五四年一二月二〇日、福本が、甲売買契約について、農地法五条所定の届出をなすことを認諾したときであり、仮にそうでなければ、本件各土地が市街化区域に指定された昭和四五年一二月二六日であるから、右に先立つ登記の具備のない限り、被告は、時効取得を対抗できない。

8 別訴提起による中断(抗弁5に対し)

(一) 福本は、被告に対し、昭和四一年三月二二日、本件各土地の所有権を主張して別訴(第一審・東京地方裁判所昭和四一年(ワ)第二四八四号損害賠償等請求事件ほか。控訴審・東京高等裁判所昭和五六年(ネ)第一六〇二号、上告審・昭和五九年(オ)第一八五号。)を提起し、福本から本件各土地の所有権を譲り受けた英幸は、被告に対し、右別訴の係属中、昭和五四年一一月一〇日に、所有権に基づき本件各土地の明渡しを求めて本訴を提起した。

(二) このような場合、英幸の本訴提起によって、福本の別訴提起時において、時効が中断するものというべきである。そして、このことは、別訴が福本の敗訴で確定しても変わらない。

9 農地法所定の知事の許可請求権の消滅時効(抗弁5に対し)

乙売買契約が、イ土地について昭和二九年八月五日、ロ、ハ土地について同年一二月二一日、に締結されたものとすれば、右売買契約が効力を生ずるための農地法所定の知事の許可請求権が発生してからすでに一〇年以上を経過しているから、原告らは、右時効により直接利益を受ける者として、本訴において、右時効を援用する。従って、被告は、本件各土地の所有権を取得できない。

六  再抗弁に対する認否

1 同1の主張は争う。

2(一) 同2(一)の事実は否認する。

(二) 同2(二)の事実中、旧土地が、昭和三九年一月三一日頃、区画整理により、本件各土地のような形状及び範囲になったことは認め、その余は争う。

3(一) 同3(一)のうち、本件各土地が、昭和二九年一〇月から昭和三九年一一月末頃まで現況農地であったこと及び当時、被告は、乙売買契約について知事の許可は受けていなかったことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

(二) 同3(二)の事実及び主張は争う。

4(一) 同4(一)のうち、旧土地には、当初、杭、柵等は設置されていなかったことは認め、その余の事実は否認する。

(二) 同4(二)の事実中、昭和四〇年一二月、英幸及び福本が本件各土地について、その周囲にコンクリート杭を打設し、その間に有刺鉄線を張り巡らしたこと及び被告がこれを撤去するなどしたことは認めるが、その余は否認する。そもそも英幸及び福本の右行為は被告の本件各土地に対する占有権及び所有権を侵害する違法なものであって、被告の右実力行使は、これを排除するためにとられたものであるから、右をもって、被告の本件各土地に対する占有が平穏性を欠くものということはできない。

5 同5ないし9の主張は争う。

(反訴)

一  請求原因

1 被告の本件各土地所有権の取得

(一) 福本に対する旧土地の売渡し

本訴抗弁4(一)(1)のとおり。

(二) 福本・長五郎及び被告間の売買契約

同4(一)(2)のとおり。

(三) 被告の相続

同4(一)(3)のとおり。

(四) 旧土地の区画整理

同4(一)(4)のとおり。

(五) 福本・長五郎及び被告間の売買契約の効力の発生

同4(一)(5)のとおり。

2 時効取得

(一) 昭和三〇年三月頃を起算点とする取得時効

本訴抗弁5(一)のとおり。

(二) 昭和三九年二月一日を起算点とする取得時効

同5(二)のとおり。

(三) 昭和三九年一一月一八日を起算点とする取得時効

同5(三)のとおり。

3 英幸名義の登記の存在

英幸は、本件各土地について、東京法務局調布出張所昭和三九年一一月二五日受付第三三六一四号根抵当権設定登記(本件根抵当権設定登記)及び同出張所同年同月二七日受付第三三八二四号停止条件付所有権移転仮登記(本件仮登記)を経由している。

4 原告らの相続

英幸は、昭和五九年一〇月五日死亡し、原告らが同人の権利義務一切を相続した。

5 よって、被告は、原告らに対し、所有権に基づき、右各登記の抹消登記手続きをなすことを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1(一)ないし(五)に対する認否は本訴抗弁4(一)(1)ないし(5)に対する認否のとおり。

2 同2(一)ないし(三)に対する認否は本訴抗弁5(一)ないし(三)に対する認否のとおり。

3 同3の事実は認める。

4 同4の事実は認める。

三  抗弁

1 対抗要件の抗弁(請求原因1に対し)

(一) 原告らの本件各土地の所有権の取得

本訴請求原因2、4、5のとおり。

(二) 対抗要件を具備するまでは被告の本件各土地の所有権取得を認めない。

2 占有の喪失(請求原因2に対し)

(一) 本訴再抗弁2(一)のとおり。

(二) 同2(二)のとおり。

3 他主占有(請求原因2に対し)

(一) 本訴再抗弁3(一)のとおり。

(二) 同3(二)のとおり。

4 平穏・公然性の欠如(請求原因2に対し)

(一) 本訴再抗弁4(一)のとおり。

(二) 同4(二)のとおり。

5 時効完成後の登記(請求原因2に対し)

本訴再抗弁5のとおり。

6 仮登記による時効中断(請求原因2に対し)

本訴再抗弁6のとおり。

7 時効完成後の登記経由(請求原因2に対し)

本訴再抗弁7のとおり。

8 別訴提起による中断(請求原因2に対し)

本訴再抗弁8のとおり。

9 農地法所定の知事の許可請求権の消滅時効(請求原因2に対し)

本訴再抗弁9のとおり。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1(一)に対する認否は本訴請求原因2、4、5に対する認否のとおり。

2 抗弁2(一)、(二)に対する認否は本訴再抗弁2(一)、(二)に対する認否のとおり。

3 抗弁3(一)、(二)に対する認否は本訴再抗弁3(一)、(二)に対する認否のとおり。

4 抗弁4に対する認否は本訴再抗弁4(一)、(二)に対する認否のとおり。

5 抗弁5ないし抗弁9の主張は争う。

五  再抗弁(背信的悪意ないし信義則違反、抗弁1に対し)

本訴抗弁4(二)、(三)のとおりの事情に照らせば、英幸は、いわゆる背信的悪意者であって、登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者に該当せず、また、英幸及びその訴訟承継人が登記の欠缺を主張することは信義則に反し、権利の濫用であって許されない。

六  再抗弁に対する認否

本訴抗弁4(二)、(三)に対する認否のとおり。

第三証拠《省略》

理由

(本訴)

一  まず、福本に対する自創法一六条に基づく本件各土地の売渡しについて判断する。

1  本件各土地がもと東京都の所有地であったこと、福本が自創法一六条に基づきその売渡しを受け、昭和三九年一月三一日、その所有権保存登記を経由したことは当事者間に争いがない。

2  そして、《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 旧土地付近一帯の土地は、もと東京都の所有地であったが、戦時中、付近農民が東京都に無断で、しかも、整備されていた道路(農道)を潰すなどして、土地を分割、耕作していたものであるところ、戦後、右耕作者らを相手方として、自創法に基づき売渡しがなされることとなり、旧土地については、昭和二二、三年頃、福本が、自創法一六条に基づき、国からその売渡しを受けることとなったが、その売渡し計画において、右もと道路であった部分まで売渡すべき農地に含めてしまっていたことなどから、所有権保存登記をなす前に、右道路を復活するかあるいは廃道とするなどしたうえで、売渡しに係る農地の区画を確定する必要が生じた。

(二) そこで、旧土地付近一帯の土地に関する売渡しの相手方ら(以下「売渡し相手方ら」という。)は、協議のうえ、玉川地区農業委員会(後の世田谷区農業委員会)の指導のもと、右一帯の土地の測量をなし、前記道路を復活し、かつ、右による売渡し土地面積の減少分についてはこれを売渡し相手方らにおいて公平に負担すべく、隣接地間で調整を図って右一帯土地の区画整理をなすこととした。

(三) 右区画整理には、一〇数年もの歳月を要し、その間、福本は、後記六認定のとおり、昭和二九年、長五郎及び被告に対し、旧土地を売却し、かつ、引き渡したものであるが、昭和三九年初め頃には、右区画整理が完結し、当初福本への売渡しに係る農地とされていた旧土地は、本件各土地のようにその形状及び範囲が変更されたうえ、遅くとも同年一月三一日までには、本件各土地について、福本に対し、自創法一六条に基づき確定的に売渡しがなされ、同月三一日、福本名義の所有権保存登記が経由された。

二  次に、福本・英幸間の売買契約の締結及び効力発生について検討する。

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 昭和三九年頃、福本は、多額の国税を滞納していたほか、療養費等の費用や借金がかさんで困窮していたところ、本件各土地について、前記一2(三)の売渡しに基づく所有権保存登記を経由したことから、本件各土地を取り戻し、これらを担保として金員を借り入れるか、又は、該土地を売却処分して資金を得たいと考えたが、被告が本件各土地の所有権を主張し、かつ、その登記済証を所得していたため、知人である金子錦司(以下「金子」という。)に相談したところ、同年秋頃、右金子から英幸を紹介された。

(二) そこで、福本は、英幸に対し、本件各土地を担保とする融資ないしは本件各土地の売却方を依頼したところ、英幸は、右依頼に応じ、昭和三九年一一月二五日、本件各土地について、英幸名義の極度額二五〇〇万円の本件根抵当権設定登記を経由し、さらに、同月二七日、農地法五条の許可を条件とする同人名義の停止条件付所有権移転仮登記(本件仮登記)を経由した。そして、福本及び英幸は、同年一二月七日、福本が英幸に対し同年一一月一七日本件各土地を代金四〇〇万円(代金支払い時期は同年一二月七日)、福本の滞納に係る国税は英幸において福本に代わって納付することとし、農地法五条の許可を条件とするとの約定で売り渡した旨の公正証書を作成し、また、福本において、英幸に対し、英幸から昭和三九年一一月二五日に二五〇〇万円を借用した旨の昭和四一年一月六日付け確定日付のある借用証(《証拠省略》はそれぞれ右と同一の借用証である。)を交付した。

(三) 英幸は、翌四〇年、国に対し、少なくとも三四九万三六二四円の滞納に係る国税を福本に代わって納付し、もって、同年一二月三日、本件各土地についての滞納処分による差押えは解除された。

原告らは、英幸は、福本に対し、同年九月末あるいは一〇月初め頃から同年一一月二五日までの間に、数回に分けて合計一六〇〇万円を貸し付け、これを同年一一月二五日、売買代金の一部と相殺することとして本件各土地の売買契約を締結し、さらに、右代金として、一一月二五日、五〇〇万円、一二月七日、四〇〇万円を各交付した旨を主張し、右主張に副うかの証拠として、《証拠省略》のほか、証人福本の証言(第一回)及び原告本人尋問の結果各一部が存在する。しかし、右各証拠及び尋問結果部分については、英幸が、かねて取引関係のない福本に対し、同人が国税の滞納処分を受けたり、他からの借金を負っていて資力に乏しいこと及び本件各土地の登記済証を有しないことを知りながら、本件各土地に担保を設定する以前に、無担保で一六〇〇万円もの多額の金員を貸付けたとの供述内容自体、合理性が疑わしいものといわざるを得ないし、右数次にわたる借入金について、これを一本にまとめた二五〇〇万円の借用証しか現存しないというのもまた、不自然というべきである。そして、精査するのに、該福本の証言部分は、貸付金の分割の回数、各回の交付額及びその合計額、右借入金員の使途等についての供述があいまいで変遷を重ねているうえに、右金員は現金で自宅に保管していた等の不自然な部分があり、また、右原告本人の尋問結果部分も、英幸が福本に対して交付したという右合計二五〇〇万円もの金員の資金調達についての説明があいまいであり、かつ、《証拠省略》に照らして、借信することができないうえ、右供述部分等は要するに、右資金調達は、殆どすべて英幸が他からの融資を受けて調達したもので、かつ、すべて個人からの融資であって、右各融資を証する借用証等の書面はないというのであり、しかも、英幸の経営する萬和公易株式会社は、当時、清算段階にあり、英幸自身、資金繰りが逼迫していたというのであるから、極めて不自然というほかはない。従って、右各証言及び尋問結果部分は、にわかに措信することができないし、ひいて《証拠省略》の記載もまたこれを信用することができず、他に福本が、英幸に対し、昭和三九年一一月二五日、本件各土地を、代金二九〇〇万円で売り渡したとの事実を認めるに足りる証拠はない。

尤も、右(一)ないし(三)認定の事実によれば、福本が、英幸に対し、昭和三九年一一月ないし一二月頃、本件各土地を、代金四〇〇万円、滞納に係る国税は英幸が納付とするとの約定で導り渡したこと及びこれに基づき本件仮登記を経由したものであること(以下これを「甲売買契約」という)はこれを肯認することができる。

2  昭和三九年一一月ないし一二月当時において、本件各土地の状況が農地であったことは当事者間に争いがないところ、《証拠省略》によれば、本件各土地は、昭和三九年一一月ないし一二月頃においては、未だ農地といいうる状況であったと仮定しても、右契約締結後間もないうちに、その形質を変え、農地としての性状を喪失し、雑種地となったものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうであるとすれば、甲売買契約は、農地法五条所定の知事の許可を条件とする売買契約であったものの、契約締結後もなく、本件各土地の現況が農地でなくなったことにより、右許可を要せずして効力を生じたものというべきである。

尤も、原告らは、右知事の許可は、甲売買契約の停止条件であり、その後、本件各土地が、昭和四五年一二月二六日、市街化区域に指定され、農業委員会への届出をもって農地の売買契約が効力を生じるようになったとき、あるいは、その後、福本が、英幸の福本に対する訴訟の昭和五四年一二月二〇日午前一〇時指定の第一回口頭弁論期日において、右届出手続きをなすことを認諾した時に、右停止条件が成就して売買契約の効力が発生したとの主張もなしているけれども、そもそも、右知事の許可は、当事者の定めいかんにかかわらず、農地法により、農地の売買契約が効力発生のために当然必要な条件とされているいわゆる法定条件であって、当該農地が市街化区域に指定され、あるいは、さらに売主において届出をなすことを認諾したとしても、届出が現実になされない限り効力が発生することはないことはいうまでもないし、また、甲売買契約において当事者が右法定条件により定まる所有権移転時期をことさら遅らせる約定を定めたものと解すべき事情は本件全証拠によっても認められないから、右主張は採ることができない。

三  英幸が、甲売買契約に基づき、昭和三九年一一月二七日、本件仮登記を経由したこと、英幸が、昭和五九年一〇月五日死亡し、原告らが同人らの相続人として、その権利義務の一切を承継したものであること、被告が、本件各土地について、東京法務局調布出張所昭和四一年五月一六日受付第一四八〇四号処分禁止仮処分登記及び同出張所昭和六一年四月二五日受付第一四八〇四号所有権移転登記を経由していること、被告が、本件各土地に植樹するなどして本件各土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

四  そこで、以下、被告の抗弁について判断する。

まず、被告は、本訴各請求はいずれも仮登記義務者たる福本が農地法所定の届出をなし、かつ、これが受理されたことを条件とする将来の給付の訴えであるところ、すでに福本は、英幸に対して右届出をなすことを認諾しているのであるから、もはや将来の給付の訴えをなすべき必要性がない旨を主張するけれども、原告らの本訴請求は、仮登記に基づく本登記手続きについての承諾請求は現在の給付の訴えであり、また、土地明渡し請求は右本登記の経由を条件とする将来の給付の訴えであって(本登記承諾請求と併合提起する場合においてはかかる訴えも許されるものというべきである。)、いずれも被告の主張するような届出を条件とする将来の給付の訴えではないことが明らかであるから、右被告の主張は独自の見解であって失当といわざるをえない。

五  次に、通謀虚偽表示及び訴訟信託の各抗弁について検討するのに、甲売買契約締結の経緯及び内容は前記二1認定のとおりであって、右売買契約には不自然なところもないではないけれども、本件全証拠をもってしても、福本及び英幸が、真実は売買契約を締結する意思がなかったか、あるいは、訴訟信託を目的として甲売買契約を締結したものであることまでは肯認することができない。

六  そこで、福本・長五郎及び被告の売買契約の締結及びその効力発生について検討する。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  福本は、昭和二八、九年頃、被告の夫であった長五郎から、療養費、事業資金等を借り受けていたが、さらに資金を必要としたため、昭和二九年八月五日、長五郎に対し、イ土地(約九九一平方メートル)を代金六〇万円で売り渡し、それまでに長五郎が福本に対して貸し付けていた四〇万四〇〇円を右売買代金の一部に充当することを約した。その後も、福本は、資金を必要としたため、長五郎及び被告に対し、昭和二九年一二月二一日、ロ土地及びハ土地(ロ土地及びハ土地の合計約一九八三平方メートル)を、ロ土地は長五郎に、ハ土地は被告に、それぞれ代金七〇万円で売り渡した。もっとも、旧土地については、前記一認定のとおり、当時、まだ区画整理がすんでおらず、自創法に基づく売渡しの範囲も確定していなかったところから、長五郎及び被告と福本は、旧土地の売買の目的たる土地の形状及び範囲が確定したときに、右土地を売買契約の目的として長五郎及び被告に登記を経由させることとした。

2  その後、長五郎及び被告は、福本に対し、数回に分けて、あるいは売買代金として、あるいは貸付金として、金員を交付したが、昭和三二年三月二日には、昭和二九年一二月二一日以降の福本に対する交付金員は合計一九二万円に達していたため、当初の売買代金一四〇万円を改め、一九二万円として、右交付金員一九二万円をこれに充当することとした。

3  イ土地については、昭和二九年一〇月末頃、長五郎が、ロ土地及びハ土地については、同年一二月中に、長五郎及び被告が、それぞれ引渡しを受け、同人らは、当初は耕作して野菜を栽培し、その後、つつじ等の苗木を植栽したものの、さしたる手入れをしなかったため、前記二2認定のとおり、本件各土地は、遅くとも昭和三九年一一月ないし一二月頃の甲売買契約の締結後間もないうちに、その形質を変え、農地としての性状を失い、雑種地となった。

4  長五郎は、昭和三四年五月三日死亡し、同人の子ら及び被告が同人を相続したが、昭和四八年の遺産分割協議により、被告が単独で本件各土地を取得した。

以上の事実によれば、福本が、長五郎及び被告に対し、本件各土地を売り渡し、右売買契約は、遅くとも甲売買契約締結後間もないうちに、農地法所定の許可ないし届出を得ることなくして効力を生じたこと並びに本件各土地は、長五郎の相続及び遺産分割により、被告がこれを単独で取得するに至ったものであることが認められ(る。)《証拠判断省略》

七  叙上認定の事実関係によれば、本件各土地については、福本から被告及び長五郎と、英幸とに対し、二重に売買され、かつ、英幸において、被告の所有権移転登記経由に先立ち、本件各土地について甲売買契約に基づき本件仮登記を経由していることになる。そこで、さらに、英幸の訴訟承継人である原告らが、被告に対し、本件仮登記に基づく本登記承諾請求をなし、あるいは、本登記仮登記に基づく本登記を経由したことを条件として所有権に基づき本件各土地の明渡しを請求することはいずれも信義則に反し、権利の濫用であって許されない旨の被告の主張について判断する。

1  本件各土地の福本に対する売渡し、甲売買契約及び乙売買契約の締結の事情は、既に一、二及び六で認定したとおりであり、また、《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 福本は、前記六認定のとおり、昭和二九年頃、旧土地を長五郎及び被告に売却し、かつ、引き渡したものであるが、当時、旧土地については前記一2認定のとおり、区画整理が未了で、所有権保存登記ができない状態にあったことから、長五郎の死亡後、被告は、福本との間で、昭和三五年四月一〇日、区画整理が完了した際には、区画整理後の土地は、一応、国との関係で売渡し相手方である福本の名で所有権保存登記をなすが、その後に、福本は、農地法の定める手続きに従い、被告にこれを譲渡し、かつ、所有権移転登記を経由させるべきことを確認した。なお、当時、本件各土地一帯の土地は、昭和二七年建設省告示第一四七一号東京都市計画公園事業の事業計画の事業地とされており、本件各土地も、早晩、公園敷地として収用されることが予定されていた。

(二) その後、旧土地は、前記一認定のとおり、遅くとも昭和三九年初め頃までに本件各土地のように区画整理されたうえ、福本名義にその所有権保存登記が経由され、同年七月頃、その登記済証が福本に交付された。福本は、ほどなく右登記済証を被告に交付したが、まだ、被告のための農地法三条の許可申請手続き及び所有権移転登記手続きがなされずにいたところから、本件各土地を担保として金員を借り入れるか、又は、右各土地を売却するかして資金を得ようと考えるに至り、まず、同年九月以降、金子の紹介により、織田精一から本件各土地を担保に二〇〇万円を借りようとしたが果たせず、さらに、金子において、被告に対して売買代金八〇〇万円の増額を要求するなどしたが、被告が、すでに乙売買契約により本件各土地の所有権を取得したことを主張して要求を容れなかったため、これも果たせなかった。

(三) そこで、金子は、かつて、同人が、賃貸中の所有土地を英幸に譲渡し、英幸において、右土地をその借地人らに底地として売却したことがあったことなどから、福本に対して英幸を紹介したところ、英幸は、福本及び金子から、本件各土地については、被告が、長五郎及び被告において既に買い受けたものであると主張していること、被告が本件各土地に植樹などしてこれを占有しており、かつ、本件各土地の福本名義の登記済証を所持していること、本件各土地が、東京都市公園事業計画の事業地に指定されており、将来は収用される予定であること等の事情を聞知し、本件各土地の登記簿謄本を検討したうえで、本件各土地の占有状況を十分確認することもせず、また、被告に対して本件各土地の権利関係を問い合わせることもしないまま、本件各土地を代金は四〇〇万円、福本の滞納に係る国税は英幸において納付するとの約定で福本から買い受けることとし、昭和三九年一一月二五日、不動産登記法四四条所定の保証書を用いて本件根抵当権設定登記を経由し、同月二七日、農地法五条所定の許可を条件として、停止条件付所有権移転仮登記(本件仮登記)を経由した。そして、右根抵当権設定登記上は、元本極度額二五〇〇万円とされていたものの、右売買契約締結の前後を通じ、福本に対し、右の被担保債権に相当する金員が現実に交付されたことはなかった。

(四) 右売買契約締結後、英幸は、昭和四〇年一二月頃、突然、本件各土地の各区画の周囲にコンクリート製及び木製の杭を打設し、その間に有刺鉄線を張り巡らせるに至り、これに対して被告が右各土地の所有権を主張し工事を妨害したため、両者の間に紛争が発生した。

《証拠省略》中には、英幸は、売買契約締結の当時、被告が本件各土地について所有権を主張していることは知らなかった旨の供述部分があるが、《証拠省略》に照らし、措信することができない。なお、原告らは、甲売買契約の売買代金四〇〇万円が全額現実に福本に対して支払われたものと主張するけれども、これに副う《証拠省略》の各一部は、叙上認定の事情によれば、にわかに措信することができず、他に右全額支払いの事実を認めるに足りる証拠はない。

2  以上認定の事実によれば、英幸は、本件各土地は、既に被告が福本との売買契約及び相続により取得し、かつ、これに植樹するなどして占有していることを知悉しながら、自創法に基づく売渡しの手続き上、本件各土地についての所有権保存登記が福本名義になされたのを奇貨とし、本件各土地について被告が対抗要件を具備することを妨害し、英幸において本件各土地が東京都に早晩収用される際の補償を得べく、あるいは、被告に右土地を高額に買い取らせるとの意図で、実際に出捐したよりもはるかに高額の対価を福本に対して支払い済みであるかのような外形を作出し、不登法四四条所定の保証書を利用して本件根抵当権設定登記を経由するとともに、本件仮登記を経由したものと推認することができ、右事実及び既に認定した甲売買契約締結の経緯に鑑みれば、英幸の右行為は、正常な取引活動の範囲を逸脱するものというべきである。

そうであるとすれば、英幸及びその訴訟承継人原告らの本件仮登記に基づく本登記承諾請求及び所有権移転登記を経由したことを条件とする土地明渡しの請求は、信義誠実の原則に則った権利行使ということはできず、権利の濫用に該当するものであって、許されないものといわざるを得ない。

八  よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれも理由がない。

(反訴)

一  福本は、旧土地について自創法一六条に基づく売渡しの相手方とされていたこと、旧土地については最終的に昭和三九年一月三一日までに区画整理がなされて本件各土地の形状及び範囲となり、その頃、福本に対して確定的に売り渡され、同人名義で所有権保存登記が経由されたことは本訴一認定のとおりであり、旧土地について、福本と長五郎及び被告が、昭和二九年乙売買契約を締結し、右売買契約は、昭和三九年一一月ないし一二月頃以降において、右土地が現況非農地となって効力を生じたこと、長五郎は昭和三四年五月三日死亡し、昭和四八年三月一九日の遺産分割によって、被告が単独で本件各土地全部を取得したことは本訴六認定のとおりである。

二  英幸が、本件各土地について、東京法務局調布出張所昭和三九年一一月二五日受付第三三六一四号根抵当権設定登記(本件根抵当権設定登記)及び同出張所同年同月受付第三三八二四号停止条件付所有権移転仮登記(本件仮登記)を経由していることは当事者間に争いがない。

三  英幸が、福本から、昭和三九年一一月ないし一二月頃、本件各土地を買い受けたこと(甲売買契約)、右土地は、ほどなく現況非農地となって甲売買契約は効力を生じたこと、英幸は昭和五九年一一月二七日死亡し、原告らが相続人として、その権利義務の一切を承継したものであることは本訴二、三で認定したとおりである。

四  されば、英幸は、被告の対抗要件具備に先立ち、本件仮登記を経由していることになるから、被告は、原告らが本件仮登記に基づく本登記を経由したときは、特段の事情のない限り、乙売買契約に基づく本件各土地の所有権を原告らに対して対抗できないこととなる筋合であるが、本訴七認定の事情によれば、英幸は、いわゆる背信的悪意者であって、被告の登記の欠缺を主張してその所有権取得を否定することは信義則上到底容認できないところであるから、被告は、対抗要件なくして本件各土地の所有権取得を英幸の訴訟承継人である原告らに対抗できるものというべきである。

五  よって、被告の反訴請求は理由がある。

(結論)

以上のとおりであって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 薦田茂正 裁判官 大橋弘 杉原麗)

<以下省略>

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